講師プロフィール


【資格】
国立音楽院認定ピアノ講師
Technics認定ピアノ講師
リトミック授業受講
楽典・ヤマハグレード ほか
かみやま しずな
神山静奈プロフィール
東京都出身。5歳よりピアノを始め、東京藝術大学ご出身の渡邉和子先生に師事。学生時代より近隣のお子さまへのピアノ指導を始め、結婚・子育てを経ながら、45年以上にわたりピアノ指導に携わってきました。これまでの指導生徒数は300名以上。
現在は、3歳のお子さまのリトミックから、幼児・小学生・中高生・大学生、大人の方、88歳のシニアの方まで、幅広い年代の方にレッスンを行っています。
レッスンでは、ピアノ演奏だけでなく、ソルフェージュ・聴音・リズム・譜読みなど、音楽の基礎力を大切にしています。
「楽譜が読めない」「音程に自信がない」「学校の伴奏に挑戦したい」「保育士資格のためにピアノを学びたい」など、それぞれのお悩みや目的に合わせた指導も行っています。また、オンラインレッスンや文京区内の出張レッスン、シニアコーラスの指導にも対応。
生徒さん一人ひとりに合わせた“その人らしい音楽との付き合い方”を一緒に見つけていくことを大切にしています。
音楽は、心を豊かにし、人生に寄り添ってくれるもの。
恩師から受け継いだ「音楽を心から楽しむ喜び」を、生徒さんとの出会いを大切にしながら、これからも丁寧に伝えていきたいと思っています。
略歴

【幼少期】
東京生まれの東京育ちで、2人姉妹の長女です。
母はクラシック音楽が好きで、よくレコードをかけていました。父も音楽が好きで大きなスピーカーが家にあったのを今でも覚えています。
私は赤ちゃんの頃から、北九州の母の実家である祖父母の家に、夏休みになると1か月程母と滞在しました。そこにあったのが、足踏みオルガンでした。生まれて初めて鍵盤に触ったのがそのオルガンで、なぜか『楽しい!』という感覚が子供ながらに残ったのだと思います。『ピアノを習いたい!』という私の強い希望で5歳より、たまたまご近所だった東京藝術大学オルガン科ご出身の渡邉和子先生にピアノを習いに行くようになりました。
渡邉先生は、当時日本橋三越デパートにあったパイプオルガンを演奏なさったり、他のイベントでもあちらこちらで演奏される先生でもありました。今思うと渡邉先生との出会いが、今の私を導いて下さったと思っています。
私はピアノを習い始めるにあたり、家にアップライトピアノを買ってもらい、そのピアノを弾くのがとても楽しく毎日が夢のようでした。私はよく覚えていないのですが、今でも母がよくこう言うのです。「お願いだからもう練習やめてちょうだい!ご近所にご迷惑よ!」と言われる位ずっとピアノを弾いていたそうです。でもその練習の時間はいつも楽しい時間ばかりではありません。なかなか弾けなくて悔し涙を流しながら練習していたこともありました。それでも、ピアノを弾くのが大好きでした。また、お隣に住んでいたお姉さんが私とよく遊んで下さり、いつも私が童謡の載った歌の本を持って行くとお姉さんの綺麗な声と共に一緒に歌って下さったのです。それがほとんど毎日続き、私はこの歌は本のどこにあると直ぐに示せるようになったそうです。それほど歌うことも好きだったようで、今で言うリトミックをお姉さんにやってもらっていたのだと思っています。

【小学生】
週に一度のピアノのレッスンに通うのが、楽しくてたまりませんでした。今でも最初に買ってもらった赤いレッスンバッグは忘れられません。ピアノを弾く以外にもソルフェージュで歌ったり、先生がピアノを弾かれその音を聴き取りノートに音符を書くことをやったり、レッスン内容全てが楽しかったのです。でもたまには練習をサボってあまり弾けない日もありましたが、渡邉先生は嫌な顔一つなさらずに、いつもと同じように優しく教えて下さいました。そこで私は考えました。練習してこなかったから、弾けないんだ。今度はちゃんと練習してこよう!と自発的に考え、先生に言われるのではなく、自分で考えどうすれば良いかということも渡邉先生が教えて下さったのです。そして私は小学校4年生で、先生と同じ沿線の2駅先の家に引っ越すことになりました。当時小学生が電車に乗って習い事をするという感覚があまりなかった時代でしたが、渡邉先生の所にずっと通い続けました。

【中学生】
ここで子供ながらに大きな決断をすることになります。高校受験に際して、先生より「高校はどうしますか?音楽専門の高校を受験しますか?私は誰にでもこう言うお声がけはしないのですが、よかったらあなたにはお薦めしますよ。」とお誘いして下さいました。私はふと考えました。今趣味として楽しんでいるピアノが音楽専門の高校に行ったらきっと楽しくなくなってしまう。多分競争の世界に入り沢山の嫌な思いをしてまで、音楽専門の高校に行く必要があるのか?もう一つ、音楽の道に行くのにはお金がかかるのではないか?と親の心配も少ししたり、、、。視野が狭いこの頃の私は、この2つの理由で、「私は音楽の学校には行きません!」と親にも相談することなくお答えしました。
そして中学校生活では、合唱コンクール曲のピアノ伴奏を毎年弾き、課題曲はそのままで、自由曲は自分なりにアレンジして伴奏を弾いたりしていました。先生や友人達と作りあげる音楽の楽しみもこういう機会で得たことだと思います。

【高校生〜短大生】
結局高校は音楽高校ではなく都立の普通科高校へ。ピアノのレッスンはもちろん渡邉先生に習い続けます。
短大時代には、たまに先生から先生関係ではない普通のコンサートにもお誘い下さったりして、時々ご一緒させていただきました。こうして演奏会への楽しみも教えて下さったような気がします。またこの頃、ご近所さんのお宅2、3軒より、「うちの子供にピアノを教えてくれませんか?」とのお声が掛かり始め、学生のアルバイトとしてピアノを教え始めました。ここが私の原点なのです。
短大は、ピアノの他に興味があった建築関係、インテリア関係に進みます。一応普通のOLになりたいと一流企業就職を目指して、当時は短大から一流企業へと優遇される道でしたので、その路線に乗っかりました。ピアノのことはさておき、音楽の世界ではなく一般社会をも自分の肌で味わってみたかったのです。無事に短大からの推薦をいただき、一流企業と言われる某会社に就職することができました。

【社会人そして結婚・育児】
一般社会人としての新鮮な楽しい生活も始まりましたが、ふとここで立ち止まります。短大時代から始めたピアノをご指導するという機会をいただき、生徒さんのピアノ演奏の成長されていく過程をお手伝いさせていただいたり、ピアノという楽器を通して音楽に興味を持たれ、生徒さんの生活の中にも音楽に触れることによって、楽しい充実した時間を持つことができるようになったと保護者様からのお声を頂戴し、とてもやり甲斐を感じピアノ講師としての道を志したいと思うようになります。そして決断をします。
会社勤めをしながら、夜は自分のピアノ講師としての勉強を始めます。国立音楽院認定ピアノ講師、Technics認定ピアノ講師等の資格取得やリトミック授業の受講、楽典、ヤマハグレード等のさまざまな勉強やその他音楽史、即興演奏や編曲、ソルフェージュ、学校でのリトミック講師として実際に授業を行ったことなどがピアノ講師として今までにない内容豊富な知識や経験が身につき、そしてここからまた、ピアノ講師として派遣される仕事にも就くことができました。
私自身のピアノのレッスンは、社会人になってからは、夜の時間帯しか取れなかったので、渡邉先生のご指導は受けられなくなり、その代わりに会社から通い易い場所で、ヤマハのピアノ教室にて国立音大ご出身の先生にレッスンをまた個人の先生にも別に即興演奏法等別のご指導も受けました。
短大時代から始めたピアノを教えるということを私も渡邉先生のように教えたい、先生をお手本にしたいという気持ちが心の中でいつも温めていたものがあったのだと思います。私の歩んでいく”ピアノ講師”という道なのだと自然の流れで促されるようになっていったのです。結局私にとって渡邉先生との出会いが私の人生の柱になる仕事を決めたということになりました。
やがて結婚したのと同時に会社勤めは辞め、主婦の傍ら2人の息子の子育てをしながらピアノ講師として派遣された仕事や社宅内の生徒さんそしてご近所の生徒さんに本格的にご指導するようになっていきます。

【引越してから今まで】
近くではありますが、社宅から現在の住まいの東京文京区に引越します。その頃は育児が大変でしたが、その間もなんとか数名の生徒さんに恵まれ正式に『神山ピアノ音楽教室』と看板を掲げ始動しました。『神山ピアノ教室』ではなく『神山ピアノ音楽教室』としたのには理由があるのです。ピアノに限らず音楽が好きな人が集まってほしい、そういうコミュニティの場所を作りたいという願いがあったからです。
現在30数名の生徒さん3歳から88歳のシニアの方まで、それぞれの生徒さんに合ったピアノのご指導を「基本を大切に!楽しくピアノのレッスンを!」をモットーにしています。コロナ禍からはオンラインレッスンを取り入れ、それがきっかけで引越された生徒さんとも保護者様のレッスン継続のご希望でオンラインレッスンもしています。また、どうしても都合で通えないのですが、今までのように先生のレッスンを受けたいとのご要望の方には、同区内の出張レッスンも行っています。
また5年前よりピアノの生徒さんのお祖母様よりコーラスグループの伴奏とご指導をとのご依頼を受け、現在自宅にて、シニアの方2グループのコーラスのご指導もさせていただいております。
シニアの方々はなかなか普段の生活の中で声を出して歌うことがないとのこと。「こういう場があることに感謝ですし、生のピアノの伴奏で歌えるのは最高です。」と生き生きとされてこの時間を楽しんでいらっしゃいます。
私自身も月に2、3回次男の高校のママさんコーラスグループ約150名の練習にも参加しています。ご指導は武蔵野音大声楽科ご出身の先生と桐朋、ジュリアードご出身現在もプロとしてピアノ伴奏をされている息子高校保護者の方とご一緒に。
このコーラスは、自分がご指導させていただいているコーラスにも通じることもあり、例えばどのように生徒さんにわかってもらえるか?先生の言葉の表現が勉強になったり、皆で美しい音楽を作り上げていく面白さなどが楽しいのです。

【これから】
このように、私はピアノが好き!からが始まりで、現在に至っておりますが、ピアノという楽器を通し、私の恩師である渡邉先生の心から音楽を楽しむことは幸せな気持ちにさせてくれる、また音楽は心を豊かにしてくれる人生の友になるという意思を継ぎながら、生徒さんとの出会いを大切に、音楽の魅力をたくさんお伝えしていきたいと思っています。